丹生上川神社

奈良県の丹生上川神社下社

古代史の地、奈良でテンプルの翌日、車に分乗して、皆で奈良の史跡ツアーに出かけました。
行先は、三輪山、天川神社など、かなり古式ゆかしい名跡の旅。
そして行く途中に、休憩がてらに「丹生川上神社下社」に立ち寄りました。
お参りしようと、拝殿に向かうと、どこからともなく宮司さんが寄ってきて、こう尋ねてきました。

 

「日本では神々の事を、どうして八百万の神というのか知っていますか?」

 

彼は、私達一行を歓待してくれている様子。
その人懐こそうな笑みからは、どうしても私達と話したくてたまらない様子がうかがわれます。
私は、一瞬戸惑いながらも、乏しい知識を頼りに答えてみました。

 

「生きとし生けるもの、すべてのものを敬う気持ちがあるからではないでしょうか??」

 

すると宮司さんは、待ってましたとばかりに話し始めました。

 

「そうですね。もっと言えば、生きとし生けるものすべてのものに対して、「感謝の心」を持つということなんですよ。
良い人も、悪い人も、どんな人であっても受け入れる大きなな心を持つということ。どんな人にも、状況にも感謝すること。
意見が違うから、外見が違うからと言って、直ぐに善悪で判断したり、好き嫌いで対立しないで、寛大な心もって受け入れるということです。

(「意見」を持ってはいけない。ふとどこかで、聞いたセリフを思い出した~)

特に外国などでは言葉によって限定してしまって、それがまた対立を作り、ずっと争う原因にもなっていますね。
言葉は、とても不自由なもの。言った先から物事の本当の意味から遠ざかってしまいます。
そして、使い方次第では、いつも争いの元になってしまいます。」

そういうと、宮司さんは、さらに立て板のように言葉を繰り出します。

 

「昔から日本人はね、言葉に出さなくても察する気持ちがあって言葉で言うよりも、本当に多くを感じ取っていたんですよ
日本は外国のように一神教ではなくて、八百万の神々を祀る多神教なのも、言わなくても多くの価値観や考え方に気づき、一つに受け入れるからなんですよ。」

 

彼は、また楽しそうな表情で続けます。


「今、世界に千年以上続いている会社が12あるそうです。

そのうち、日本の会社は、なんと7つも入っているですね。
何でそんなに長く続く会社が日本に多いかというと、全てを受け入れる心のがあるからなんです。
言葉によって限定して、いたずらに対立を生み出すというよりも、色々なものに気づき、感謝して、受け入れるという寛大な心があるから、物事が長続きするんですよ。

 

12065618_982068015170431_4758580167833672177_n私は、ふと思った。
「和心」や「大和心」とか言うが、この辺に忘れてはいけない日本人の大事なエッセンスが隠れているのかも。
すべてを包み込むような、奥深く広い心の持ち方。そこに日本の神々のエッセンスが息づいている~

一言に「和」というが、単純に仲良しということばかりではなくて、通常の思考を超えた広く深い世界を表している。
それは、すべてはひとつと言える遠大な世界観だ。

またそれが、私たち日本人の中に眠っている平和の礎なのかもしれない。