「もう少し六本木の夜を楽しみませんか?いい店を知っているんです。」

久しぶりに会った友人のK君は、こう言って、家路に着こうとする私を引き留めた。
まだ30歳前の彼にとって、夜はまだこれから!という意気込みである。

「そこ、どんな店?」
私が問いかけると、彼は声を弾ませんて答えた。

「踊るんです!前に先輩に連れていってもらったんです。」
「えっ、それってクラブ?」
「そうですね。でも気軽に立ち寄れる店ですから。大丈夫ですよ。」

以前、アメリカに留学していた彼は、時々NYのクラブに通っては踊っていたという。
私は、あまり行ったことがないが、ここは流れにまかせて、彼の後について行くことにした。
(今夜は、はじけるかぁ。。。)

金曜の夜のナイトクラブは大勢の客でにぎわっていた。

その店はスタンディングBAR形式。チャージフリーで、いつでも自由に出入りができるから、本当に沢山の男女がいた。
3割以上が外国人である。

客たちは、流れる軽快なリズムに合わせて、身体を揺らせたり、無邪気に談笑している。
カウンターやテーブルは、すべて埋まっていて、サラリーマンやOL、外国人など、思い思いの夜を楽しんでいる。小説家フィッツジェラルドが描いたような賑やかな社交の光景に、心が浮き立った。。。

私はグラスを片手に、身体に響くダンスミュージックに身を揺らせた。
すると、目の前の一人の外国人の青年に目が留まった。

彼は前に座っている日本人女性に話しかけるが、女性の方は、あまり乗る気ではなしい。
視線を泳がせては気のない素振りを見せていた。言葉を飲んで、うつむいたままでいる彼に、 私は馴れない英語で話しかけてみた。

「Where are you come from?」

すると、彼は、「パキスタン!」と流ちょうな日本語で返してきた。
彼は、もう10年に日本に住んでるらしい。

「なんだ、日本語が上手だね。そういえばパキスタンではテロとかで大変だね?」
私は、大きな声で話すと彼もまた、大声で答えてきた。

「そんなことないよ!日本のほうが大変だよ!」
「日本が大変!?」
「だって、ニュースで報道されているよりもパキスタンはいい国だよ。平和だし、テロなんてごく一部さ。」

音響がうるさいので、長く話せなかったが、彼はパキスタンは、貧しいが本当はいいところで、殺伐とした日本とは違うということらしかった。日本の方が大変だよ。。。と言いいながら、青年が見せた心根の優しい笑みに、私は、そうかもしれないという気がしたのである。

私は、「Be Happy!」と言って青年の肩を叩いた。
すると彼は、また優しい笑みを浮かべながら奥へ去っていった。

あの微笑を浮かべる人々が住むところは、一体どんな国なのだろうと、私はそんな思いにふけりながら、意識を流れる音楽に溶け込ませていった。

 

すると、今度は、となりからOL風のチャーミングな女性が声をかけてきた。

「サルサね!踊れるんですか??なんか、ステップがそれっぽい感じ。。。」
私は、無意識に、一度だけ習ったことがあるサルサのステップをまねていたのである。

「いやぁ、そんなに踊れないです!!」
彼女は、私の言葉にかまわず、掌を上にして両手を差し出した。

「ね!早く早く!手を出して!」
「え?どうするの???」

とまどっている私に彼女は、しびれを切らせて、
「ダメよ。男性がリードしないと、女性は踊れないのよ。もっと練習しなきゃネ」
そう言って、人込みの中に消えていった。

キラキラした女の姿が、ダークスーツの群れの中に分け入って行く。
その光景は、現れては消えていく一炊の夢のようである。

『男性がリードしないと、女性は踊れないのよ。』と言った彼女の言葉が、やけに私の耳に残った。

夜は、優しく過ぎていく。
街ですれ違ったとしても、絶対に話すことがない人々との触れ合いが、ここにある。
日本人、外国人問わず、人は皆、夜は優しくなる。

 

時間とは、失うように過ぎていくもの。

気づくと、時刻は23時30分になろうとしていた。
シンデレラではないけれども、私は帰りの時間が気になった。
そして、K君に声をかけて、店の出口へと向かったのである。

すると、玄関の奥の暗がりに、目が留まった。
そこには真っ赤なドレスを着た、とても美しい白人の女性がテーブルに腰かけていて、私を見ているのに気が付いた。

その美しさを、どう表現したらいいのか分からない。
あえて言えば、時が止まるような美しさである。
私は、圧倒するような何かを感じながら、あれは人の女の美しさではないような気がしていた。

 

店の外に出ようとした瞬間、私は、彼女が気になって後ろを振り返った。
しかし、そこには、もう女性の姿はなかった。
今、そこにあるはずの「美」が、夜の暗がりの中に消え去っていた。

ここは六本木。夜には、そんなこともあるだろうと思いつつ、不思議な感覚に包まれた。

この街は、浮世と幽界が交差している気がする。
だからこそ、現実という砂漠を生きる人々は、この六本木に惹かれるのかもしれない。
私達は、肉体というよりも魂そのものなのだから。

「牛窪さん、面白かったですね!」
意気揚々と声が弾むK君の言葉に、私は答えた。
「ああ、また来よう!」

 

六本木の夜は香しく、優し。。。

 

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